(古代ローマカラテ・タイム)
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未明の闇の中、一台のトラックが希望崎にやってきた。 搬入物は、破壊の化身。 後部の荷台は改造され、大型水槽が据え付けられている。 槽内には、有史以来最強の両生類個体。 通り名は“熊殺し”。 流通名は“ウーパールーパー”。 真名は“めご”。 彼は捕らわれの身に非ず。 厚さ20センチ足らずの強化アクリル水槽など、その気になれば容易く砕ける。 この旅籠が快適で、自分に相応しい城に運んでくれると聞いたので大人しく載っているだけだ。 彼に与えられた居城は、希望崎ビオトープ。 錠前と鎖が外され、水槽の蓋が開かれる。 ビオトープの王となるべき両生類の巨体が、水槽からのっそりと這い出した。 ゆっくりと水域に向かう、めご。 だが、不遜にも“王”を呼び止める者がいた。 「ようこそ、めごちゃん。私たちは貴方を歓迎するから!」 めごを出迎えたのは蟹柄ワンピースの少女。 飼育部ビオトープ班長、港河廻衣香(みなとがわ・めいか)だ。 廻衣香の両腕は、パワーショベルのバケットめいた巨大なカメノテである。 そういう魔人なのだ。 「俺! 支配! 貴様! 下僕!」 めごは、友好的に挨拶した。 彼にとって“友好的”とは“食料にしない”という意味である。 「なるほど、噂通りの暴君みたいね。でも、この希望崎では、好き勝手はさせないから!」 廻衣香は恐るべきカメノテアームを、ガシガシと打ち鳴らしてから、油断のないカラテを構えた。 「改めて、ドーモ。生徒会役員、港河廻衣香です」 そう、廻衣香は生徒会役員なのである。 よしお様に忠誠を誓った報奨としてビオトープの建造・運営費と強大なカラテを手に入れたのだ! 「ビオトープの生態バランスは私が管理する。貴方も例外じゃないから!」 「愚カ! 俺! 王様! 貴様! 倒ス!」 口の端から粘液の泡を飛ばしながら吼える両生類の王! だが、いかに外界で暴虐の限りを尽くしたとは言え、彼は希望崎を知らぬ井の中の蛙である。 めごは、知ることになる。 希望崎生徒会役員の恐るべき力を!
どさり。 力尽きた生徒会役員・港河廻衣香は倒れ、巨大なカメノテアームが地面を抉って動きを止めた。 熊殺しのウーパールーパーめごちゃんの暴威が、よしお様の加護を打ち破ったのだ。 「俺! 強イ! 貴様、下僕!」 勝ち誇るめご。 「私が負けるなんて……こんなのありえないから! もう一回! 今度こそ負けないから!」 口惜しげに叫ぶ廻衣香のことを見向きもせず、王はゆったりとした歩みで水辺に向かう。 水の中をを覗き込むと、大きな口ににんまりと笑みを浮かべ、心地良い水の中にどぶんと潜った。 目に付いた大きなザリガニと、数匹の鯉をつるりと呑み込む。 (ウマイ!) めごは思った。 なるほど、このビオトープは我が城として相応しい。 あの女も、戦闘能力は口ほどにもなかったが、生態系管理の実力は確かなようだ。 あの両腕のカメノテは旨そうだったが、食べてしまうには惜しい腕だ。 王宮の庭師兼食料調達係として忠誠を誓うのならば、生かしておいても良いだろう。 ビオトープの王は、澄んだ水の中を悠然と泳ぐ。 快適な居城を得たことで、彼の権力志向も落ち着きを見せることになった。 美しきビオトープの中、魚類や甲殻類を貪りながら満ち足りた日々を送るめご。 破滅をこの世にもたらすはずだった破壊者は、小さな生態系の王者としてささやかに君臨する。 世界は救われたのだ……。 (「めごちゃん、理想の城を得る」おわり)